大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岐阜地方裁判所 昭和55年(行ウ)29号 判決

原告 和田安雄

被告 土岐市

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対してした高額療養費金五〇万三七五七円の支給請求に関し、被告が昭和五五年一月二八日付をもつてした高額療養費支給決定処分のうち、「金四一万八二五七円を超える金員は支給しない」旨の決定部分は、これを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告は、国民健康保険法(以下、「法」という。)三条一項に基づいて国民健康保険を行うものであり、他方、原告は、岐阜県土岐市内にその住所を有する者で、被告の行う国民健康保険の被保険者である。

2  療養の給付

(一) 原告は、昭和五四年九月から一〇月にかけて、そのころ原告の罹患していた消化管出血・十二指腸穿孔・重症胆嚢炎による腹膜炎・膵炎・肝炎などの疾病に関し、法三七条一項所定の療養取扱機関である西尾病院(同病院の開設者は訴外西尾研)において、法三六条一項所定の療養の給付を受けた。

(二) しかして、原告の受けた右療養の給付のうち昭和五四年一〇月中(一〇月一日から同月末日まで)の部分に関する費用の額は、これを法四五条二項に従い同条項所定の健康保険法(以下、「健保法」と略称する。)四三条ノ九の二項に基づく厚生大臣の定め(以下、「算定方法告示」という。)の例に依拠して算定したところ、合計金一八〇万九一九〇円にのぼつた。

3  高額療養費支給請求

(一) 原告は、西尾病院から前記昭和五四年一〇月中に諸般の療養の給付を受けた際、同病院に対して、法四二条一項所定の一部負担金名義のもとに、合計金五四万二七五七円を支払つた。

(二) そこで、原告は、同年一一月一二日、被告に対し、法五七条の二・国民健康保険法施行令(以下、単に「令」という。)二九条の二の一項一号に基づき、右のように原告がさきに西尾病院に支払つた一部負担金の金額(五四万二七五七円)から金三万九〇〇〇円を控除した残額である金五〇万三七五七円を高額療養費として支給するよう請求した。

4  高額療養費支給(一部不支給)決定処分

ところが、被告は、原告の右請求に対し、昭和五五年一月二八日、右請求にかかる金員のうち金四一万八二五七円はこれを支給するが、これを超える金員は支給しない旨の処分(以下、被告がした上記処分のうち、原告の支給請求にかかる金員中の金四一万八二五七円を超える金員についてはこれを支給しない旨の決定部分を「本件不支給処分」という。)をし、そのころ、同処分結果を原告に通知した。

5  本件不支給処分の理由など

本件不支給処分がされた経緯・理由などは概ね以下のとおりである。すなわち、

(一) さきに、西尾病院は、同病院が昭和五四年一〇月中に原告に施した療養の給付に関して、被告に対し、法四五条一項に従い、該給付に要した費用の額が金一八〇万九一九〇円である、として該金額からすでに原告より一部負担金として領収ずみの前示金五四万二七五七円を控除した残額金一二六万六四三三円の支払方を請求した。ちなみに、西尾病院が前示の療養の給付に要した費用として計上した右金額中には、同病院が原告の前記疾病とりわけ重症感染症の治療のために投与した免疫グロブリン製剤ヴエノグロビン二・五グラム宛一一回分に関する費用についてこれを算定方法告示に従つて算定した額が含まれていた。

(二) ところが、法八七条・四五条五項に基づき、療養取扱機関からの療養の給付に関する費用の請求等の審査並びにこれに対する支払いに関する事務についてかねて被告から該事務処理の委託を受けていた岐阜県国民健康保険診療報酬審査委員会(以下、「岐阜県審査委員会」という。)は、右請求を審査した結果、右のようなヴエノグロビン投与のうちの五回分については、これが、法四〇条所定の療養の給付に関する準則のうち健保法四三条ノ四の一項・四三条ノ六の一項の規定による命令(保険医療機関及び保険医療養担当規則。以下、「療養担当規則」という。)に照らし、療養上適切・妥当ではなかつたとして、これに関する費用合計金二八万五〇〇〇円をもつて法の定める療養の給付に関する費用に該当するものと認めることができない旨の査定をした。

(三) そして、被告は、岐阜県審査委員会による右の査定結果に依拠して、原告が昭和五四年一〇月中に西尾病院において受けた法所定の療養の給付に関する費用の額について、これを西尾病院の計上した前記金一八〇万九一九〇円から右ヴエノグロビン二・五グラム宛五回分(岐阜県審査委員会が法所定の療養の給付に該当するものとは認められない、旨の査定をした分)の投与に関する費用を控除した残額金一五二万四一九〇円である、とした。そして、被告においては、このような判断の上に立脚して、原告がもともと法四二条一項に基づいて西尾病院に支払うべきであつた一部負担金の額を金四五万七二五七円と算定し、原告に対して、この金四五万七二五七円から金三万九〇〇〇円を控除した残額金四一万八二五七円だけを法五七条の二・令二九条の二の一項一号所定の高額療養費として支給する旨の処分をする、として前記のような処分をしたのである。

6  本件不支給処分の違法性

しかしながら、法五七条の二・令二九条の二の一項一号に基づいて被告から原告に対して支払われるべき昭和五四年一〇月分の高額療養費の額が金五〇万三七五七円であることは疑いを容れる余地のないところであつて、右の金五〇万三七五七円のうち金四一万八二五七円を超える金員を支給しない旨の被告による本件不支給処分が違法なものであることは明らかである。

以下にこの点を敷衍して説明する。

(一) 療養取扱機関が被保険者に対してした療養の給付に関する費用の額は、同機関が療養担当規則に適合する旨の自主的判断に基づいて現実に被保険者に対して施用した治療等について前示の算定方法告示の定める点数を適用することによつて、一義的・自動的に算出されるべき性質のものであつて、該機関がこのような療養の給付として現実に施用した治療等の内容に関し、保険者又はその他の第三者において後刻その療養担当規則適合性を審査・判断し、該審査・判断の結果に従つて当該療養の給付に関する費用の額を別途算出するがごときことは、とうてい法の許容しないところというべきである。そうとすると、被告としては、本件において、原告に対し、高額療養費として金五〇万三七五七円を支給する旨の処分をするのが正当であつたことはきわめて明らかである。

(二) 仮に、以下の見解、すなわち、「療養取扱機関が療養担当規則に適合する旨の自主的判断に基づいて被保険者に対して一定の治療等を施用したにもかかわらず、その施用にかかる治療等の内容が客観的に療養担当規則に適合しないと判断されるような場合には、当該治療等の施用を目して療養の給付と評価すべきではない、」旨の見解が正当であるとしても、とくに本件におけるがごとき高額療養費の支給に関する限りにおいては、被保険者から療養取扱機関に対して一部負担金名義のもとにすでに支払われている当該金員は、すべてこれを令二九条の二の一項一号所定の「法により支払うべき一部負担金」に該当するものと解するのが法の趣旨に沿う所以である。してみると、被告としては、本件において、原告に対し、高額療養費として金五〇万三七五七円を支給する旨の処分をすべきであつたことがきわめて明らかである。

(三) 仮に、右(一)及び(二)の主張がいずれも首肯できないものであるとしても、原告の前記疾病を治療するために、昭和五四年一〇月中にヴエノグロビン二・五グラムずつを一一回にわたつて投与した前示西尾病院の措置は、当時の医療水準に照らして適切・妥当な治療行為であつたものというべく、これが療養担当規則に十分に適合するものであることはきわめて明らかである、したがつて、右ヴエノグロビンの投与は、すべて適切・妥当な療養の給付に該当するものというべく、これに関する費用の額を算定方法告示に従つて算定した金員は、いかなる意味においても法の定める療養の給付に関する費用というを妨げない。この点について、当時における原告の病状や治療経過等を紹介しながら若干の敷衍・説明を付加する。

(1) 原告は、西尾病院に入院する以前から肝炎等により訴外高井病院に入院していたが、同病院において吐血し、その症状の悪化が顕著であつたことなどの故に同病院から西尾病院に転送(昭和五四年九月二〇日)された。西尾病院入院時には、消化管からの出血が続き、きわめて重篤な状態にあつた。そこで、翌二一日、西尾病院の医師西尾研(以下、「西尾医師」という。)が執刀して原告に対して緊急開腹手術を行つたところ、十二指腸・腸・肝臓・胃・膵臓・胆嚢が一塊となつていることや、十二指腸の腫瘤から出血の続いていることが判明した(なお、当時、原告には著しい血圧の低下が認められたが、これは右腫瘤からの出血に起因すると思料された。)。さらに、肝下面と右腫瘤の間から膿汁の流出がみられるなど、原告が化膿性の感染症に罹患していることはすでに右手術時において明らかであつた。このような原告の症状にかんがみ、西尾医師は、前記腫瘤を切除することが困難であると判断して、これを断念し、原告を救命するためには止血措置を行うことが急務であると思料し、そのために、右出血部位にガーゼタンポンをあてるなどの止血措置を試みて右手術を終了した。

(2) ところで、〈1〉原告が化膿性の感染症に罹患していること、〈2〉その症状に照らして、原告が、その転院前の前記高井病院においても、すでに右感染症の治療のために相当多量の抗生剤の投与を受けていることが推測されたにもかかわらず、右感染症が依然として重篤な状態にあつたことなどの関係上、西尾医師においては、抗生剤の投与のみでは右感染症に対する十分な治療効果を期待できないと判断せざるを得なかつたこと、〈3〉さらに、前記のようにガーゼタンポンによる止血術を施したため、これに使用したガーゼを感染源とする新たな感染症の発症、あるいは、右ガーゼ内における起炎菌の増殖が危惧されたこと、〈4〉右(1)においてした手術のように、患者の全身状態不良の状況のもとに手術が行われた場合には、その手術による侵襲が患者の免疫系にある種の悪影響を及ぼし、このことが患者の急性免疫不全症に発展するという危険性を包蔵することが医学上の知見として広く知られていたこと、以上〈1〉ないし〈4〉のような諸点を考慮した結果、西尾医師においては、原告の右感染症を治療するためには、原告に免疫グロブリン製剤を投与することによつてその免疫系の増強と、活性化とを図ることが必要不可欠であり、しかも、そうすることによつて、抗生剤との相乗効果が期待できるものと判断した。そこで、西尾医師は、右手術の当日である九月二一日から株式会社ミドリ十字製造・販売にかかる免疫グロブリン製剤ヴエノグロビン二・五グラムの投与を開始し、爾来、全身状態の改善と感染症についての一応の改善が認められるようになつた一〇月一一日までこれを連日にわたつて投与し続けたのである。しかして、右〈1〉ないし〈4〉の諸点にかんがみると、西尾医師が原告に対してした右のようなヴエノグロビン投与に関して、医師としての裁量の限界を逸脱したというような点は些かもなく、前記のような同医師の治療行為は、右ヴエノグロビンの投与をも含めて、すべて、当時の医療水準に照らして、まことに適切・妥当な処置であつたと評価されるべきである。

(3) しかして、被告は、西尾病院において原告に投与されたヴエノグロビンの量が重症感染症の治療を目的とするヴエノグロビン投与の量に関して岐阜県審査委員会が定める「一応の基準」(初診月二・五グラムを七回以内、翌月同量を四回以内)を超過・逸脱するものであつて、療養担当規則に照らしても、療養上適切・妥当とは認められない不必要かつ過剰な量であるとして、昭和五四年一〇月に施用された一一回分のうちの五回分について、いわゆる減点査定をしたのである。しかしながら、右「一応の基準」はなんらの合理的根拠もないものであるのに加えて、各種臨床報告例及びその検討の結果を斟酌・考量しても、西尾病院における上記のごときヴエノグロビン投与をもつて、これが「無効」・「不必要」であると断じうる資料のごときは全くこれを見いだし得ないのである。そうとすると、西尾病院が昭和五四年一〇月中に原告に対してしたヴエノグロビン投与のうち、五回分に限つて、これが療養担当規則に適合しない旨の被告の判断が誤りであることは、きわめて明らかである。

7  よつて、原告は、被告に対し、本件不支給処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否並びに被告の主張

1  請求原因1の事実は、これを認める。

2  同2の(一)の事実は、これを認め、同(二)の事実は、これを否認する。

ちなみに、原告が西尾病院において受けた昭和五四年一〇月中の療養の給付に関する費用の額を算定方法告示の例によつて算定すると、これが合計金一五二万四一九〇円となることは明らかである。

3  同3の(一)及び(二)の各事実は、いずれもこれを認める。

4  同4の事実は、これを認める。

5  同5の(一)ないし(三)の各事実は、いずれもこれを認める。

ちなみに、審査委員会の査定自体に、療養の給付に関する費用の額を決定するというような法的効果のないことや被告が行う高額療養費の支給・不支給決定についての法的拘束力のないことはもちろんである。被告は、請求原因5の(二)記載にかかる審査委員会の査定結果を自ら相当と判断し、同(三)記載のような理由をもつて本件不支給処分をしたのである。

6  同6の冒頭並びに同(一)及び(二)に記載されている法的主張は、これを全面的に争う。

同6の(三)の(1)と(2)の各事実のうち、西尾病院においてされた原告に対する手術の状況並びにヴエノグロビン投与の量及びその目的に関する部分のみは、これらを認めるが、その余の事実関係は知らない。なお、その法的主張に関する部分は、これを争う。同(3)の事実のうち、岐阜県審査委員会が、重症感染症の治療を目的とするヴエノグロビンの使用に関し、原告主張のような「一応の基準」を定めている旨の部分のみは、これを認めるが、その余の事実関係はこれを否認し、その法的主張に関する部分は、これを争う。

被告がした本件不支給処分が適法であることは、以下の説明によつて自ら明らかとなるであろう。

(一) 国民健康保険制度下においては、被保険者は、疾病及び負傷に関し〈1〉診察、〈2〉薬剤又は治療材料の支給、〈3〉処置・手術その他の治療、〈4〉病院又は診療所への収容、〈5〉看護、〈6〉移送というがごとき法三六条所定の療養の給付を受けることができる。他方、所轄都道府県知事に対して法三七条一項所定の届出をしてこれを受理された療養取扱機関は、保険者からの委託に基づいて前示のごとき療養の給付を行うものであつて、これら療養取扱機関が右療養の給付を行うにあたつては、すべからく法四〇条の定める準則に従つて、これを行うべき法令上の責務を負担する。しかして、右法四〇条の定める準則として、健保法四三条ノ四の一項及び同条ノ六の一項の委任に基づいて療養担当規則が制定されている。この療養担当規則は、療養取扱機関が療養の給付をするにあたつて従うべき診療上の一般的方針及び具体的方針を定めており、その骨子は、客観的に治療等を必要とする疾病が存在する場合に、これに対して、必要な限度で、その時の医学常識・医療水準に適合した適切かつ妥当な治療等をなすことを求めるものであつて、その企図するところは、秩序ある合理的な療養の給付の内容を提示するとともに、保険制度を維持するために内在的かつ必然的に伴わざるを得ない合理的な制約の存在することを療養取扱機関などに対して明らかにすることにある。しかも、ここに示されている指針の内容は、すべて保険制度を維持するために必要かつ合理的なものに限られており、これに医療の本質に牴触するような部分が些かも包蔵されていないことは多言を要しない。そうとすれば、もしも、療養取扱機関が前記の責務に違反し、療養担当規則に適合しないような不必要又は過剰な治療等を行つたとすれば、そのような治療等を目して国民健康保険制度における療養の給付にあたると評価しがたいことは、余りにも明らかであつて、疑いを容れる余地のないところである。

(二) 他方、療養の給付を受ける被保険者は、これを受けるに際して、法四二条一項に基づき、当該療養の給付について算定方法告示に依拠して算定された額の一〇分の三に相当する額を一部負担金として療養取扱機関に対して支払わなければならない。ところが医療が高度化して医療費が高額化した現代においては、被保険者の右負担が相当高額になる場合も決して少なくはないというような状況が現出するに至つた。そこで、このような状況下においても、国民健康保険をして医療保険としての機能と使命を十分に果たさせるために、国は法五七条の二・令二九条の二所定の高額療養費の支給制度を設け、この制度に基づいて、保険給付に関して被保険者が支払義務を負担する金員(前記の一部負担金を含む。)の額が一暦月について合計金三万九〇〇〇円を超過した場合、該超過にかかる金員を保険者から被保険者に対して払い戻すこととしたのである。

このように、一部負担金制度と、高額療養費支給制度とは、いずれも正当な療養の給付があつたことを前提として適用されるものであつて、ともに国民健康保険制度のうちにおいてきわめて重要な位置を占めるものというべきである。そして、一部負担金制度や高額療養費支給制度の前述のごとき機能・内容等に徴すると、療養取扱機関の施用した治療等の全部又は一部が客観的に療養担当規則に適合しないことの故に正当な療養の給付としての認定を受けられなかつた場合には、当該認定を経ない治療等に関する費用に関する限り、被保険者がその一部負担金を支払わなければならないような根拠や、保険者が被保険者のために高額療養費を支給しなければならないような根拠のごときは、毫もこれを発見することができないのである。

ちなみに、被保険者が療養取扱機関から正当な療養の給付の範囲を超えるような治療等を受け、しかもこのような治療等に要した費用についてまで一部負担金名義のもとに該機関に対して金員を支払つたような場合においては、その被保険者は、該機関に対し、民法七〇三条に基づいて右金員の返還を請求することも必ずしも不可能ではないから、右のように解することが、ただちに「治療等が不適切・過剰であつたことによる損害・危険を被保険者に帰せしめる。」という不当な結果を招来することにならないことは明らかである。

(三) ところで、被告において、西尾病院が昭和五四年一〇月中に原告に対して投与したヴエノグロビン二・五グラム宛一一回分のうちの五回分について、これが療養担当規則に照らし、客観的に療養上適切・妥当なものであつたとは認められない旨の判断をしたことは前記のとおりであるが、以下に右判断の正当であることの所以を説明する。

(1) 西尾病院の原告に対するヴエノグロビン投与は、なるほど、原告も主張するように重症感染症の治療を目的としたものではあつたが、重症感染症に対するいわゆる免疫グロブリン療法についての昭和五四年当時(本件治療当時)における一般的・平均的な医学上の知見あるいは医療水準は概ね以下のごときものであつた。すなわち、(ア)重症感染症に対するいわゆる免疫グロブリン療法は、抗生剤の投与と並行してこれを補助するために免疫グロブリン製剤を投与するというものであつて、いわゆる免疫グロブリン療法においては必然的に免疫グロブリン製剤と抗生剤とが併用されざるを得ないために、仮に該療法による治療上の効果があがつたとしても、これがはたして抗生剤によつて生じたものか、あるいは、免疫グロブリン製剤によつて生じたものかの点を判定することが困難であるばかりでなく、右療法の効果の有無に関する臨床報告もこれを肯定するものと否定するものとに分れていることなどのために、免疫グロブリン製剤の感染症に対する薬効自体もいまだ医学上確立したものとはいいがたいこと、(イ)その薬効を肯定する立場を採るもののうちでは、その作用機序に関して、免疫グロブリン製剤を投与すると、これに含まれる特異抗体が感染因子たる抗原との間に抗原抗体反応を起こし、該反応を契機として患者の免疫機構全体が活性化するに至る、とする見解が比較的に有力であるが、しかし、なおその作用機序の点についてはいまだに不明な点が多いこと、(ウ)そして、その適正な使用量とか使用方法の点については、当然のことながらいまだ確立した知見というようなものはなく、投与量と有効率との間にも推計学上有意な相関関係はないとされていること、(エ)右(イ)のように免疫グロブリン製剤に含有される特異抗体の作用に重要な意義を認めるという基本的見解に従うときは、まず初期の段階で大量の免疫グロブリン製剤を投与することによつて患者に欠如し又は不足している特異抗体を補充し、その後は右抗体の消費分(ちなみに、これを推定するのには半滅期が重要な意味をもつ。)のみを補うという発想に依拠した投与方法がその基本的見解に整合すること、そして、免疫グロブリン製剤の長期間にわたる大量投与を肯定するような見解はいまだこれを全く発見することができないこと、

しかして、岐阜県審査委員会は、免疫グロブリン製剤の効果等に関する右のような見解を斟酌しながら、臨床医家の診療上の裁量権を尊重するという見地をも加味して、重症感染症の治療のためにするヴエノグロビンの使用に関して、療養上適切・妥当なものと認めることができるか否かを判定するために「一応の基準」を定めたのである。

(2) しかして、西尾病院の原告に対するヴエノグロビン投与量が昭和五四年九月中の分と同年一〇月中の分のいずれについても右「一応の基準」を超過・逸脱していることは明らかであるが、岐阜県審査委員会としては、原告が主張しているようなヴエノグロビン投与に関する西尾医師の判断を最大限に尊重して、西尾病院の原告に対するヴエノグロビン投与量についてこれが右「一応の基準」を上回ることを認識しながらも、右九月中のヴエノグロビン二・五グラム宛一〇回分の投与と同一〇月中の同二・五グラム宛六回分の投与とについては、これが療養上適切・妥当なものであつたことを認めたのである。しかし、右一〇月中におけるその余の投与分(五回分)については、(ア)原告の術後経過は順調であり、感染症も治療に向かつていることが窺われたこと、(イ)原告の免疫力の低下に関しては、術後に免疫不全状態の発現することについての一般的・抽象的な危険性が指摘できるにとどまり、血中抗体値の検査等の結果、現実に免疫不全状態にあることが確認されたわけではなかつたこと、(ウ)しかも、原告については起炎菌の検索も行われていないため、起炎菌との関係におけるヴエノグロビンの有用性も確認されていなかつたこと、以上(ア)ないし(ウ)のごとき諸事情に徴して、多量の(とりわけ右「一応の基準」を超える)ヴエノグロビンを原告に投与すべき必要性を現実的、具体的に根拠づけるような資料は全く存在しない、という結論に到達せざるを得なかつたのである。そして、被告は、当時の医学水準に従い、昭和五四年一〇月中に西尾病院が原告に対して投与したヴエノグロビン一一回分のうち、六回分を超える爾余の五回分についでは、該投与は、疑いもなく、不必要な過剰投与にあたる、と判断せざるを得なかつたため、右五回分に限り、療養担当規則に照らし、該投与が療養上適切・妥当なものであつたとはとうてい認められない旨の判断をしたのである。

(四) してみると、西尾病院が昭和五四年一〇月中に原告に投与したヴエノグロビンのうち、五回にわたる投与分は、これが法所定の療養の給付に該当しないものであると評価するのほかはないから、これに関する費用については、療養取扱機関に対する被保険者(原告)の一部負担金の支払義務が当初から存在しなかつたことに帰着し、したがつて、右一部負担金の支払義務を履行したことを前提とする被保険者(原告)の保険者(被告)に対する高額療養費の支給請求権もまたもとより発生するに由ないものというのほかはない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1、同2の(一)、同3の(一)及び(二)、同4並びに同5の(一)ないし(三)の各事実は、いずれも当事者間に争いのないところである。

二  そこで、以下においては、まず、原告がその請求原因6の(一)及び(二)において主張する法律的見解の当否について検討をすすめることとする。

1  およそ国民健康保険制度の下においては、被保険者がその罹患した疾病及び負傷に関して法三六条一項一号ないし六号所定の療養の給付(現物給付)を受けることのできることはいうまでもない。しかして、該療養の給付が法所定の療養取扱機関によつて行われる場合、該機関が被保険者に対してする治療等は、保険者と該療養取扱機関との間に成立・存続する公法上の準委任契約に基づいて受任者である該療養取扱機関が該契約上の義務の履行としてこれを行うものと解すべきである。そして、療養取扱機関は、右契約上の義務履行にあたつて、健保法四三条ノ四の一項のほか、同条ノ六の一項の委任を受けて制定された療養担当規則に準拠して所要の治療等を施用すべき責務を負担するものであり、他方、被保険者は、該機関から法に依拠する療養の給付として療養担当規則に適合した治療等の施用を受けるべき法律上の権利を有するものであつて、これらのことは法四〇条に徴してきわめて明らかである。

2  ところで、前記の療養担当規則は、療養取扱機関をして疾病等に罹患した被保険者に対してその治療に必要な限度で現代医療の一般的水準に適合した治療等を療養の給付として施用させることを目的として制定されたものであつて、該機関が被保険者に対して療養の給付としての治療等をするにあたつては、その治療等の内容が客観的に療養担当規則に適合しているものであることを要し、かつこれをもつて足りるものと解すべきである。してみると、仮に療養取扱機関が被保険者に対して療養担当規則に適合する旨の自主的判断に依拠して一定の治療等を施用したとしても、該施用にかかる治療等が客観的に療養担当規則適合性を欠くものである場合においては、当該治療等の施用は、ひつきよう法所定の療養の給付には該当しないものと評価するのほかはなく、したがつて、このような場合においては、被保険者が該機関に対し右のごとき当該治療等に関して法四二条一項所定の一部負担金を支払うべき義務を負担すべきいわれは毫もないものというのほかはない(このような場合において、すでに被保険者から該機関に対して法所定の一部負担金名義のもとに支払われている一定金員については、被保険者と該機関との間に、特約等のない限り、民法七〇三条に基づく返還義務に関する法律関係などが生ずる余地もあるであろう。)。

3  しかして、法五七条の二の定める高額療養費支給制度は、被保険者が、療養取扱機関から受けた法所定の療養の給付に関して、当該機関に対して正当な一部負担金として一定額を超える金員を支払つた場合に、当該支払いにかかる金員のうちの法所定の金員について、保険者が被保険者に対してこれを高額療養費として支給・支弁するという制度であることが明らかであるから、仮令、一部負担金名義のもとに被保険者から療養取扱機関に対して支払われた金員ではあつても、それが客観的に上記のような法所定の一部負担金としての要件を充足していないような場合においては、該支払いにかかる金員についてまで法五七条の二の高額療養費支給制度の関与する余地の毫もないものであることは、同条の文言と上来説示のごときその立法趣旨とに徴してきわめて明らかである。

4  以上のとおりであるから、原告がその請求原因6の(一)及び(二)において主張するところは、当裁判所のとうてい左袒しがたい独自の見解というのほかはなく、もとより失当として排斥を免れないものである。

三  そこで、すすんで、以下においては、第二項において説示したところを当然の前提としながら、西尾病院が昭和五四年一〇月中に原告に対して施用したヴエノグロビン二・五グラム宛一一回分の投与行為のうち、その六回分を超える部分についても、はたして客観的に療養担当規則適合性が是認できるか否かを判断することによつて、被告の原告に対する本件高額療養費不支給処分の当否を判断するであろう。

1  診療経過

そこで、まず、西尾病院が原告に対してしたヴエノグロビン投与との関連において、当時における原告の病状の推移及びこれに対する診療の経過について検討してみると、いずれもその成立が真正であることについて争いのない甲第一〇号証・同第一一号証及び同第一六号証の各記載のほか、証人西尾研の証言を総合すると、以下の事実が認められる。すなわち、

(一)  原告は、かねて土岐市内の訴外高井病院に入院加療中であつたが、大量の吐血をしたために、昭和五四年九月二〇日に西尾病院に転送された。

(二)  西尾病院に転院してからも、原告は、依然として吐血を続け、最高血圧が六〇まで低下するというようなきわめて重篤な状態を呈したため、その診療を担当した西尾医師は、翌二一日、原告に対して開腹手術を行つた。

(三)  西尾医師が原告に対して右のような開腹手術をしたところ、その十二指腸には穿孔があり、また、胃・腸・肝臓・膵臓・胆嚢が一塊となつていたのに加えて、十二指腸の腫瘤からは出血が続いていた。そして右出血のために著しい血圧の低下をきたしているものと思料された。西尾医師は、原告のこのような状態に徴し、腫瘤の切除手術をすることは不可能であると判断し、原告に対して応急的に止血措置を講ずるために、その出血部位にガーゼタンポンをあてて前記の手術を終わつた。

(四)  ところで、西尾医師は、原告の当時の病状等について左記(1)ないし(4)のような状況認識をした。すなわち、

(1) 右(三)の手術に際して原告の肝下面と十二指腸の腫瘤の間から膿汁の流出するのが認められたうえ、九月二一日に実施した原告に対する血液検査の結果によると、血中白血球数が32600/mm3という異常な高数値を示していたのをはじめ、正常な末梢血に出現しない未熟白血球の出現が認められ、また、桿状核球・好酸球・好塩球・リンパ球も正常血液像における標準値と大きく相違するなどの異常が発見されたことなどに徴すると、原告は化膿性の感染症に罹患しており、その症状も重篤であると診断される。

(2) しかも、右症状からすると、原告が転院前の入院先である前記高井病院においても右感染症の治療のために相当多量の抗生剤の投与を受けたことが十分に推測されるにもかかわらず、右九月二一日段階に至つてもなお原告の右感染症が重篤な状態にあることなどのため、抗生剤の投与のみでは、原告の感染症に対する十分な治療効果は期待できないと判断される。

(3) さらに、前記(三)のようにガーゼタンポンによる止血術を施したため、原告に関しては、右ガーゼを感染源とする新たな感染症の発症又は右ガーゼ内における起炎菌の増殖という事態が危惧される。

(4) 前記(三)の手術は原告の全身状態が悪いときに実施されたものであるところ、このような場合には、手術による侵襲の故に急性免疫不全症や、さらにこれに起因する術後感染症の発症が危惧される。

西尾医師は、以上(1)ないし(4)の諸点を十分に考慮したうえ、原告の罹患している前記感染症の悪化を防止しながらこれを治療するためには、原告に対して免疫グロブリン製剤を投与して、その免疫系の増強と活性化を図ることが必要であり、しかもそうすることによつて免疫グロブリン製剤と抗生剤との相乗効果が期待できるものと判断した。

(五)  そこで、西尾医師は、原告の罹患している前記感染症の治療方法として、抗生剤の投与と並行して免疫グロブリン製剤であるヴエノグロブリンを投与することとし、前示九月二一日からヴエノグロブリンの投与を開始し、以後、後記(七)のごとき状況によつて該投与を中止するまで、連日にわたつてその投与を継続した。

(六)  その後、前記(三)のガーゼタンポンに用いられたガーゼが九月二九日から一〇月八日までの間にすべて除去され、また、九月二一日には32600/mm3という高数値を示した原告の血中白血球数も日時の経過とともに順調に減少して、一〇月七日には9700/mm3、ついで同月一四日には7800/mm3と正常範囲内の数値を示すようになり、体温も一〇月九日ころからほぼ安定した状態となつた。

(七)  原告の症状が前記(六)のように一応順調に推移していつたため、西尾医師は、一〇月一一日、原告の感染症状が同日現在で一応安定したものと判断し、同日のヴエノグロビン投与を最後として、同月一二日以降のヴエノグロビン投与を中止した。

以上(一)ないし(七)の各事実が認められ、この認定に反するような証拠はない。

2  重症感染症に対する免疫グロブリン療法に関する医学上の一般的知見・医療水準

西尾病院において行われた原告へのヴエノグロビン投与が、当時原告の罹患していた感染症の治療を目的とするものであつたことは前記1に説示したとおりである。

そこで、以下においては、西尾病院が原告に対して前認定のような治療を施用した当時(昭和五四年当時)を基準として、重症感染症に対する免疫グロブリン療法に関するわが国医療の一般的水準ないし医学上の知見がどのようなものであつたかを検討することとする。

まず、いずれもその成立が真正であることについて争いのない甲第三号証・同第一三ないし第一五号証・乙第一ないし第一二号証の各記載のほか、証人山田光雄・同井戸豊彦及び同西尾研の各証言を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  重症感染症に対して施用されるいわゆる免疫グロブリン療法は、感染症患者に対して抗生剤を投与するほか、さらに抗生剤の効力を補助するためにその投与に併せて免疫グロブリン製剤をも投与するという治療方法であつて、最近になつてから、臨床医家によつて採用されるようになつた治療方法である。しかし、はたして免疫グロブリン製剤が感染症の治療のために本当に有効であるか否かの点に関しては、〈1〉いわゆる免疫グロブリン療法を施用する場合は、前記のように免疫グロブリン製剤と抗生剤とが併用されるために、仮に右治療方法によつてある程度の治療上の効果が認められたとしても、その効果が抗生剤によるものなのか、免疫グロブリン製剤によるものなのか、あるいは両者の相乗作用によるものなのかを判定することが困難であること、〈2〉のみならず、右治療方法を採つた場合の治療効果の有無に関する臨床報告を調査しても、その治療効果を肯定するものとこれを否定するものとが相半ばしていること、以上〈1〉〈2〉の諸点に徴して、少なくとも免疫グロブリン製剤の重症感染症に対する薬効自体に関する限り、わが国における医療関係者の間においては、これを疑問視する見解が必ずしも劣勢ではない。しかし、それにもかかわらず、該療法は、昭和五四年当時のわが国の医療現場においてかなり広汎に採用され、国民健康保険法においても免疫グロブリン製剤であるヴエノグロビンは重症感染症の治療に用いることのできる保険薬として認定されていた。

(二)  重症感染症患者に対する免疫グロブリン製剤の作用機序については不明な点が多く、いまだその詳細が解明されていないことはいうまでもない。しかして、重症感染症患者に対する免疫グロブリン製剤投与の有効性を主張する論者の間においては、その作用機序の点について概ね以下のような説明を試みるものが有力である。すなわち、免疫グロブリン製剤が多数の人々から採取した貯蔵血液を原料として製造されるものであるために、免疫グロブリン製剤中には多数の抗原(病原体)に対応する抗体が相当程度含有されているものと推定される。したがつて、患者の側に感染因子である抗原に対する特異抗体が欠如し又は不足していると認められる場合に、右のような推定のもとに、当該患者に対して免疫グロブリン製剤を投与し、これによつて右特異抗体の欠如・不足を補充すると、この特異抗体が感染因子である抗原との間に抗原抗体反応を起こし、これが誘因となつて、患者の免疫機構全体が活性化する。以上のような説明が有力である。

(三)  免疫グロブリン製剤中に含まれる「一定の感染因子に対する特異抗体量」を定量分析する方法がなく、また、推計学的検討によつても投与量と効果との間に有意な相関関係を認めることができないことなどのため、免疫グロブリン製剤の適正な使用方法とその使用量の点について、現段階において確立した定説というべきものが存在しないことはもちろんである。しかし、免疫グロブリン療法による治療効果が現実に認められた臨床報告例中においては一回について二・五グラムないし五グラム程度を数日間にわたつて投与したという事例が多く、また、免疫グロブリン製剤を重症感染症患者に投与した場合の作用機序に関する右(二)記載のごとき見解に依拠するとすると、免疫グロブリン製剤は、投与の初期の段階において連続的に投与し、このことによつて感染因子に対応する特異抗体の欠如・不足を補い、その後は免疫グロブリンの半減期(通常人においては一七日から二〇日間程度とされている。)を考慮しながら、その抗体の消費分を補充すべきであるという考え方に到達せざるを得ないであろう。しかし、いずれにしても、三週間以上にわたり大量の免疫グロブリン製剤を投与することを是認するような見解は、その理論上の根拠がないばかりでなく、また臨床医家からも一般的な支持を得られるようなものではない。

(四)  岐阜県審査委員会は、昭和五四年当時、(三)に説示したような免疫グロブリン製剤の重症感染症治療のための使用方法及び使用量についての医療現場における見解等に依拠しながら、しかも、重症感染症患者にあつては免疫グロブリンの前指摘にかかる半減期が相当に短縮される可能性のあることを考慮し、併せて、現実に診療を担当する臨床医家の診療上の自主的裁量ということにも想いを致して、ヴエノグロビンの使用量に関して、初診月においては二・五グラム宛七回分、翌月においては二・五グラム宛四回分をもつて一応その使用の上限とする旨の「一応の基準」を定めていた。

以上(一)ないし(四)の各事実が認められ、この認定に反するような証拠はない。

3  そこで、右1及び2において認定したような西尾病院に入院してからの原告の症状の推移や同病院が原告に施用した診療内容等をはじめ、重症感染症に対するいわゆる免疫グロブリン療法についての昭和五四年当時における医学上の知見状況や現場医療の実際的状況などに依拠しながら、さらにこれらに鑑定の結果をも併せ考慮して、西尾病院において行われた前認定のような原告へのヴエノグロビン投与の当否、なかんずく、本件不支給処分にかかわる昭和五四年一〇月中における原告へのヴエノグロビン投与の回数と量の当否について検討してみよう。まず、西尾病院が、前認定のような原告の化膿性感染症を治療するための手段として、抗生剤の投与に併せてヴエノグロビンをも投与するといういわゆる免疫グロブリン療法を採用したこと自体は、右2に認定したような当時における現場医療の実際的状況等との対比において平均的な医学水準にも合致した処置として一応是認することのできる措置であつたというべきであろう。ところが、さきに認定したように、西尾病院における原告へのヴエノグロビン投与は、同年九月二一日に開始されてから、以後実に二一日間にわたつて連日行われたものである。この投与の期間と量とを重症感染症の治療を目的とするヴエノグロビン投与の量と期間とに関する当時の医学上の知見状況や医療現場の実際的状況などと対比してみると、右投与にかかる期間が著しく長期にすぎ、その結果、該投与の量もまたこれが多きに過ぎるものとなつたことは明らかというのほかはない。そして、また、前認定のように、右ヴエノグロビン投与の期間中、原告の感染症症状は好転する傾向にあつたのに加えて、前示ガーゼタンポン術に使用された腹腔内のガーゼ除去も順調にすすめられたのであるから、このような原告の病状の推移に照らすと、同年一〇月一日以降においても、なお前示の「一応の基準」を超えて原告に対してヴエノグロビンを連日投与しなければならないような必要性あるいはそのことの合理性があつたものとはとうてい認められず、記録を調べても、右のような必要性などが存在したことを窺わせるような特段の事情を発見することができない。

4  してみると、西尾病院が原告に対して昭和五四年一〇月中に施用したヴエノグロビン二・五グラム宛一一回分の投与は、そのうち「六回分を超える分の投与」、すなわち「五回分の投与」に関する限り、これが客観的に不要・過剰な投与として療養担当規則適合性を欠くものであつたことは明らかというべく、したがつて、右ヴエノグロビン「五回分の投与」が法所定の「療養の給付」には該当しないものであること、並びに、かくのごとき法所定の「療養の給付」には該当しない治療等に要した費用についてまで法五七条の二(高額療養費の支給に関する条項)を適用する余地の毫もないこともまた、すでに第二項において説示したところによつて自ら明らかである。

そして、右に説示したところと、当事者間に争いのない請求原因2の(一)、同3の(一)と(二)、同4、同5の(一)ないし(三)の各事実関係とに徴すると、被告が本件高額療養費支給請求についてした本件不支給処分が正当であることは明らかであつて、本件不支給処分をもつて違法であるとする原告の主張は、とうていこれを採用することができない。

四  結論

以上に説示したところによつて明らかなように、原告の本訴請求はその理由がないから、これを失当として棄却することとし、なお、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 服部正明 高橋勝男 綿引万里子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例